[特別インタビュー]「ビジネスパーソン必読。識者に聞く!第1弾」
インタビュー:みずほ証券株式会社 エクイティ調査部 グローバル・ヘッド・オブ・テクノロジー・リサーチ/シニアアナリスト  中根 康夫氏

 海外の大手半導体企業が日本国内での工場建設を続々と発表し、好材料が増える半導体業界。しかし、先行きの不透明感や生産能力余剰のリスクが潜む。サプライチェーンの川上にある素材・部品メーカーがどう挑み、商機を掴むのか。日本経済新聞社が発行する投資金融情報専門紙「日経ヴェリタス」のアナリストランキングでAV機器部門8年連続トップの中根康夫氏は、「戦略的な発想や行動と最終需要を先読みした研究開発が必要」という。(聞き手:落合平八郎広報事務所)


好材料が多い半導体業界と将来展望

 ― 海外の大手半導体企業が続々と日本国内で工場建設を発表するなど、日本の半導体業界には好材料が増えています。需給バランスや米中の状況を考慮し、この動向が将来の展望にどのような影響を及ぼすとみていますか?

半導体企業に対する国の補助金は、関連する装置や材料などの投資を促進するため、短期的にはポジティブな影響があると言えます。特に、AIやEV、ロボットなどの新しいアプリケーションに使用される半導体は、高い処理能力が要求されるため、その性能向上が重要です。そのため、今後はこれらのアプリケーションが伸長することで半導体需要がさらに高まる可能性があります。

一方で、これらの動向は経済の安全保障の観点からも注目されています。米中の経済的な関係が完全に切り離される「デカップリング」は、中長期的には避けて通れない課題でした。しかし、最終製品の将来的な需要に即したペースで半導体の工場投資が進められるべきところが、補助金施策による一時的な刺激によって需要と供給のバランスが崩れないか懸念しています。特に、半導体はグローバルなサプライチェーンの中で中間部品としての役割を果たしており、需給バランスの維持は重要です。この点において、最終製品の需要との整合性が保たれるよう慎重な対応が求められるのではないでしょうか。


足元はポジティブ、中長期的には不透明な見通し

― 今回の半導体への投資は足元ではポジティブでありながら中長期的には見通しがが不透明だとのご指摘ですが、もうすこし詳しくお聞かせください。

最終製品の需要に応じたものではなく、補助金による工場の分散立地が問題なのです。これまでは最終製品の総需要の見通しに基づき、グローバルで効率的に投資されていた半導体生産能力が、需要見通しではなく補助金に動機づけられた投資が増えることにより、最終需要に対して余剰となる可能性があります。加えて、最終製品の需要が大方の予想を下回った場合は、供給過剰に拍車がかかり、価格が急落するリスクもあります。特に、半導体は電池やディスプレイと同じく、サプライチェーン全体において中間部品と位置付けられるため、半導体メーカー自身は価格引き下げ以外の方法で最終需要を創出することは困難です。

また、急激な工場建設によって地価や人件費が上昇し、工場投資負担が増加する可能性があります。さらに、分散した工場ごとに最低限の人員配置が必要であり、その分の固定費もかかります。装置メーカーにとっては工場投資に応じた需要が生まれますが、実際の生産が開始されない限り、素材やチップを製造する企業の収益が保証されるわけではありません。これらの要因から、工場投資の増加が半導体分野にかかわる企業が一応に収益を上げることに直結するとは限らないため、装置や部材メーカーには慎重な判断が求められる局面が出てくると考えています。実際にそうなるかどうかは別にして、こうしたシナリオも考慮しておくことが重要です。


素材や部品メーカーの商機、「御用聞きビジネス」からの脱却

― かつてない規模で半導体へ大型投資されるという変化のなかで、素材や部品メーカーが商機を見出すにはどうすればいいでしょうか。

ネガティブな話ばかりではなく、大きな変化には必ず商機が潜んでいます。将来のリスクを最小限に抑えつつ、戦略的思考と行動、及び最終需要を先取りした開発が成功の鍵となると考えています。戦略的思考と行動の一環として、サプライチェーンのなかで直接的な取引がない会社や業界団体、アナリスト、報道関係者などから様々な情報を獲得し、需要動向を自ら戦略的に分析することが重要です。従来の取引先情報だけに頼る「御用聞きビジネス」ではなく、参考価値のある複数の情報源を確立することが肝要です。部下だけに情報収集を委ねるのではなく、経営者自身も情報の収集と分析を行うことが会社全体の成長に不可欠と考えます。

また、最終需要を先読みした研究開発の観点でコーニング社のケースが参考になります。同社は長い歴史を持つガラスメーカーで、スマートフォンが不意の落下による破損が多いことを先取りし、強化ガラス「ゴリラガラス」を製品化しました。将来のニーズを見越し、マーケットインの発想で開発したことが活きました。御用聞きビジネスでは成しえないことであり、サプライチェーンの川上企業が、顧客である最終市場の動向を把握し戦略を立てることが重要であることを示す事例です。

この「高機能素材Week」のような展示会では、サプライチェーン全体の企業が出展するため、様々な情報収集が可能だと思います。こうした情報をもとに戦略的アプローチに活かすことでリスクを最小化し、商機に繋げてほしいですね。

[Profile]

中根 康夫(なかね やすお)
1991年、上智大学卒業。大和総研に入社し、未公開のベンチャー企業の調査業務を担当。95年、台湾にて語学留学、97年、大和総研台北支所に配属。台湾・中国のエレクトロニクス産業を担当。01年、ドイツ証券に入社。民生電機セクター、フラットパネルディスプレイ関連産業全般、アジアのエレクトロニクスセクターを担当。2015年8月、みずほ証券入社。現在に至る。

[インタビューを終えて]

素材や部品メーカーの経営者、幹部クラスと意見交換すると、自らが情報を仕入れるルートがないんだろうなと感じることが多いそうです。部下からの情報だけを鵜呑みにせず、独自で判断できる情報を収集しないと部下のモチベーションが上がらない、と熱くお話されていたのが印象的でした(落合)。