[特別インタビュー]「ビジネスパーソン必読。識者に聞く!第5弾」
インタビュー:経済ジャーナリスト 渋谷 和宏氏

経済ジャーナリストとして執筆のほか、テレビやラジオのコメンテーターとして活躍中の渋谷和宏氏。日本のエレクトロニクス産業が世界最強といわれた時代からの企業取材の経験を踏まえ、今なお世界をリードする素材産業の現状と課題について聞いた。(聞き手:落合平八郎広報事務所)


日本のエレクトロニクス産業:デジタル時代への適応と課題

―エレクトロニクス産業の未来を考える上で、これまでの取組みを振り返りながら今後はどう対応すべきでしょうか。

かつて日本のエレクトロニクス産業は世界最強といわれました。ウォークマンやファミコンなど独創的な製品を生み出し、家電や音響機器など多くの分野で世界トップェアを有していました。しかし、2000年代に入ると日本企業の国際競争力は低下し、海外メーカーが台頭します。デジタル化が進み、これまでの成功モデルが通用しなくなったのが主因でしょう。

日本企業の強みの一つは、製品メーカーと部品メーカーが緊密に協力して部品を開発したり、製品を製造したりする「すり合わせ」でした。しかし、デジタル化により部品の集積化が進み、製品に必要な部品数が大幅に削減されました。この変化によって「すり合わせ」が不要となり、韓国や中国のメーカーが競争力を強めました。日本企業は海外企業に対抗するためコストダウンに注力しましたが、一時しのぎの策に過ぎず、デジタル化がもたらした新しい生産システムの下で競争に打ち勝つことが難しくなっていきました。

また、コストダウンに注力した結果、開発担当者のモチベーションも低下してしまいました。開発担当者の能力を最大限に引き出すには、モノづくりへの好奇心を刺激し、独創性を引き出す必要があります。しかし、コストダウンが優先されたため、研究開発費や賃金が抑制され、優秀なデジタル人材・テック人材のスカウトもままならず、独創的な製品を生み出す力を失っていきました。日本のエレクトロニクス産業がたどった経緯は、変化による逆風にさらされた時も、いやそんな時にこそ、独創性と未来への投資が重要であることを教訓として示しているように思います。自動車産業も同様に未来の方向性を模索しなければならない重大な局面を迎えているのではないでしょうか。


コストダウンがもたらす影響と課題

―日本企業のコストダウン路線が研究開発・設備投資に及ぼす影響と、そしてこれに対処するための課題は何ですか?

OECD(経済協力開発機構)のデータを見ると、日本の年間の設備投資額はこの30年間、ほとんど横ばいです。バブル景気が崩壊した1990年代以降、少なからぬ日本企業が手堅く利益を確保するために設備投資を抑制したのでしょう。バブル崩壊後の「失われた30年」の間に企業家精神が萎縮し、未来への投資に後ろ向きになってしまったのではないかと危惧しています。さらにアメリカなど欧米諸国に比べて労働力の流動性がまだ低いために、成長分野に人材が行かず産業構造の転換に迅速に適応できないマイナス面も目立ってきています。デジタル人材・テック人材を輩出するためのリスキリングやジョブ型雇用の拡大は日本経済を活性化するうえで避けて通れない課題だと思います。

ちなみにOECDのデータでは、アメリカの年間の設備投資額は30年間で4倍以上に拡大しています。アメリカでは、「この市場は成長が見込める」と判断すれば思い切った設備投資を行って集中的に製品を投入し、飽和状態になれば新たな市場開拓に挑む「ヒットアンドアウェイ」の戦略を採る企業が少なくありません。これが未来への投資を生むダイナミズムにつながり、さらに中長期的に見ると、新たな経済のけん引役であるリーディング産業を次々に生み出しています。

日本経済がアメリカのような活力を得るためにはまだまだ様々な改革が必要でしょう。ただ今年の春闘で思い切った賃上げを行ったり、設備投資額を積極的に積み増したりと、日本企業が変わる兆しも出てきましたね。背景には、資本効率を重視する海外の機関投資家などの存在もあるでしょう。この流れがぜひ本流になってほしいですね。


日本の素材産業 独創性と未来への投資が求められる時代

―グローバル市場において日本の素材産業は圧倒的に強いといわれています。強さの理由と今後の課題について教えてください。

日本の素材産業が圧倒的に強いのは、モノ作りの企業として、独創性と未来への投資をずっと追求し続けてきたことが大きな理由だと思います。日本の素材産業の開発者たちは「これまでになかったものを作ろう」「世界にひとつしかないものを作ろう」というモチベーションがとても高いですよね。世界初の素材を作り出そうという独創性へのこだわりはエレクトロニクス産業に比べてずっと強いと思います。またいつ、どれだけの利益につながるか読みにくい基礎研究を大切にしていて、しっかりと予算を投じて取り組んでいます。リーマンショック後の不況下でも、金額の増減はあるものの基礎研究への投資を絶やしませんでした。

そして「これで行ける」という素材開発に成功すれば1000億円単位で思い切った設備投資を行い量産する起業家精神にも溢れています。それによって大きな市場シェアを握れば、需要家側はその製品を購入するしかなくなり、製品の需給バランスや値決めは素材メーカー側に有利に働きます。素材メーカーは安定的な収益を得ることができるわけですね。

さらに長期的な視点で研究開発を行ってきたことも日本の素材産業の強みですね。例えば今、旅客機の主翼や尾翼、胴体の構造材として使われている炭素繊維の開発を、日本の素材メーカーが始めたのは1960年代でした。何十年かかっても世の中にないものを作ろうという企業文化・企業戦略の根幹がぶれなかったことが巨大市場の開拓につながったのです。「株主資本主義」のもとで株主からの注文や圧力にさらされる欧米企業では、このような何十年にも及ぶ長期的な視点での開発は難しいでしょう。

ただ今後は、日本企業も海外の機関投資家などからの注文や圧力により強くさらされるようになるでしょう。新たな有望市場を見極め、短期的な利益と中長期の成長のバランスを取る経営戦略がより重要になるはずです。さらに株主に対して中長期の経営ビジョンを示し、それを実現するためにはこれだけの設備投資や研究開発投資が必要だと、経営者自身が迫力をもって説明し、対話する必要性も増すでしょう。


50代への提言:自分の枠にはまらない、自分らしい生き方を

―今回の取材ではエレクトロニクス産業や素材産業の持続的な成長に必要な課題をお聞きしました。一方で、60歳定年が見え始めた中高年世代のビジネスパーソンにおいては安定して過ごしたいと考える人も多いはず。50代のビジネスパーソンへの提言があればお願いします。

50代になるとビジネスパーソンとしてのキャリアも終盤に入り、新たな挑戦はもう難しいと考える人が少なくないかもしれません。しかし私は50代のビジネスパーソンが持つ潜在的な可能性は30代、40代よりもむしろ高いと考えています。長い間企業社会で経験を積んでおり、豊富な人脈を持ち、経営に関する知識も深まっているからです。それを示す一例が、50代で起業する人の増加です。日本政策金融公庫総合研究所の調査によれば、ここ数年、50代や60代での起業が増えており、開業者に占める50歳以上の比率は2021年度に26.4%と全体の4分の1強に達したとのことです。日本は欧米ほど起業が活発ではありません。一定期間内に起業した企業数が期初の企業数に対してどのくらいの割合を占めるかを示す「開業率」は2019年時点で4.2%に過ぎず、アメリカの9.2%やイギリスの13.5%を大きく下回っています。しかし50代以上が牽引役になり、日本でも起業が活発になってきているのです。

豊富な経験、人脈を持つ50代のビジネスパーソンが新たな可能性を追求する方法は起業だけではありません。副業を持ったり、NPOやNGOのスタッフを兼務して社会貢献活動をしたりと他にいくつもあると思います。副業や社会貢献活動を通じて新たな人脈や経験を積むことは、本業にもプラスの影響を与えるはずです。副業や兼業を禁止する会社もありますが、働き方改革の進展に伴い、それらはやがて当たり前の働き方になっていくのではないでしょうか。もちろん会社に残って新たなプロジェクトに挑戦する方法もあるでしょう。いずれにしても自分で自分に枠をはめず、やりたいことを主張し、実行するうえで、50代には大きなチャンスがあると思います。

[Profile]

渋谷 和宏(しぶや かずひろ)
1984年、日経BP社入社。日経ビジネス副編集長などを経て2002年4月『日経ビジネスアソシエ』を創刊、編集長に。2006年4月18日号では10万部を突破(ABC公査部数)。ビジネス局長(日経ビジネス発行人、日経ビジネスオンライン発行人)、日経BP net総編集長などを務めた後、2014年3月末、日経BP社を退職、独立。現在は執筆の他、TVやラジオでコメンテーターとしても活躍中。主な出演番組に「シューイチ」(日本テレビ)、「ZIP!」(日本テレビ)、「森本毅郎・スタンバイ!」(TBSラジオ)など。2021年、『知っておきたいお金の常識』(角川春樹事務所)と『激変する世界の未来を予測する100年に1度の経済学』(総合法令出版)を上梓。

[インタビューを終えて]

今回の企画「有識者に聞く」のラストを飾っていただきました。インタビューでは共感する部分がありつつも、私自身がエレクトロニクス産業に身を置いていたこともあって反論したい部分が「わずかに」ありましたが、自戒の思いで聞き入っていました。(落合)